コラム

エスノグラフィックインタビュー(エスノインタビュー)

<エスノグラフィーとインタビュー調査>

我々が提唱する文化人類学的エスノグラフィーは、
  ・イノベーションをもたらす消費者の潜在ニーズ、潜在「不」を文化人類学的手法を援用して明らかにする
  ・我々、マーケターやリサーチャーの思考に「リフレーミング」を起こす(伊藤泰信2017)
の2点をマーケティングの世界にもたらすと期待している。
通常のリサーチでは発見できない、しずらい消費者ニーズや消費者の「不」を発見し、発見されたそれらをイノベーションにつなげるように構成する、組み立てることをめざしている。
今述べたスタティックな効能だけでなく、マーケティングに関わっているわれわれの主観、意思、思考にリフレーミング起こす、起こすきっかけになることが期待できる、それをめざしている。
方法論のひとつとして、ここにエスノグラフィックインタビュー(エスノインタビュー)を提案する。

<エスノインタビューは「参与」をキー概念とすることで従来のインタビュー調査を差別化する>

エスノグラフィーの行動観察は「参与観察」と言う。
参与観察は、文化人類学のフィールドワークでとられる方法論で、観察対象集団と長期間一緒に生活し、観察対象の生活文化のの中から行動観察やインタビューを行う。
対象の実生活に観察者自らが参与し、共感的、内部からの視点を共有しながら客観的観察や分析を行う。
観察者と被観察者を完全分離し、客観的視点のみで計測・分析する「科学的」(行動)観察とは根本的に違う。
ただし、この方法論をそのままマーケティングに適応するのは費用、期間的に合理的ではない。
そこで、エスノインタビューでは参与観察から「参与」という態度・姿勢だけを借りてインタビュー方法論を組み立てる。

<エスノインタビューでの「参与」とは対象者の生活文化に入り込んだインタビュー>

エスノインタビューで参与とは「調査対象者の生活文化の中に『入り込む』」こと」と定義する。
対象者の発言をマーケティング的視点でとらえるだけでなく、その人の生活文化の中に位置付けて分析するのである。
対象者の『是非、買ってみたい』との発言は、マーケティング視点からは「いくらだったら買いますか?毎回買います?」 とプローブするが、エスノインタビューでは、 「個人用ですか家族みんなで使います?」のようなプローブになる。
購入意欲、個数、頻度などのマーケティング要素だけでなく、どの生活場面に「はまるのか」、どの生活場面での発言かを問うていくのがエスノインタビューのプローブになる。

<エスノインタビューのリクルーティングの進め方>

エスノインタビューのリクルーティングで参与を活かす方法はまだ確立していない。
通常のマーケティングインタビューと同様にデモ特性や商品、ブランドの認知・購入経験などで条件づけしてリクルーティングする。
これに加えて、ライフスタイルやパーソナリティで条件づけ(イノベーターなど)することもあるが、それは参与とは言わない。
現在、試行しているリクルーティングでの参与は、オンラインインタビューの接続テストのときに部屋やキッチンを映してもらってこちらで生活(文化)の仮説を想定する方法である。
インタビューのリクルーティングはバイアスを気にするより、事前のコンタクト(電話、ZOOM)で対象者情報を得る方がよい。

<対象者の生活文化に参与するモデレーション>

モデレーターは、場のコントロール、ひとりの参加者、分析者の3役を担えと教育される。
コントロールはプロービング、ひとりの参加者はあいづちなど共感的態度、分析者は俯瞰的にみる鳥の目というテクニックがある。
モデレーションでの参与は、対象者の「生活文化」に「入り込んだ」視点からの共感的態度やプロービングである。
パーソナリティやライススタイルは意識や認知に関わるものだからインタビューの進行である理解できるが、生活文化は行動やその構造に関わるのでインタビューだけで想定、理解するのは困難である。
対象者が生活場面で考え、発言できるようにプローブすることがモデレーションの参与である。(だからZOOMインタビューは有利)

<分析ではクライアントの企業文化にも参与する>

インタビュー調査の分析は生活者の視点をマーケティング的に分析することである。
マーケティング的分析に生活文化の視点を持ち込むのがエスノインタビューの参与分析である。
ここで「文化人類学的知見は、そのままではマーケティング施策に生かせないことが多い」という問題がある。
例えば、洗濯のエスノグラフィーで「家の外と内で衛生観念の境界がある」(伊藤泰信2017)という分析結果が出ても「だから、どうすればいい」に答えるにはもう一歩も二歩も踏み込む必要がある。
そこで、クライアントのマーケティングに参与するのである。
クライアントの企業文化を内側から理解・分析し、インタビュー結果とすりあわせ、イノベーションの方向性を提案する。

<エスノインタビューとマーケター意識のリフレーミング>

参与をキーにしたエスノインタビューはマーケター、リサーチャーとして参加した人たちにリフレーミングをもたらす。
消費者を起点にマーケティングを発想するという態度は十分に行き渡っている。
インタビュー調査に参加するメンバーは結果報告書とは別に自分なりのインサイトを得たいと期待している。
エスノインタビューは、そういったインサイトを越えて、参与メンバーに思考のリフレーミングをもたらすことが期待できる。
先の事例の洗濯に「家の外と内に境界線」があるという発見は、洗濯、洗剤の固定観念(フレーム)をスクラップ&ビルドする。

2022.1

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