コラム
アスキングとリスニングの間
マーケティングインタビューのモデレーターは、アスキングではなくリスニングに徹しろと言われる。対象者の言うこと、語る内容をひたすら聞いてそこだけから物語を紡げばよい。発言を遮って質問したり、確認したり、自分の意見を言うのはご法度とする。このような行為はアスキングである。究極のアスキングは仮説に基づいて作文した質問票と選択肢になる。質問票になれば、そこには声は存在しなくなる(内言の声はある)ので聞くことはできない。
ただ、リスニングに徹すると話者は不安を感じる。「きいてるの?」「わかった?」という確認が入るようではリスニングとは言えない。相手を無視する、相手に無関心というまずい状況になる。このとき、「聞いてるよ、わかってるよ」とのメッセージを伝えるにはボディランゲージが便利である。相手に目線を送る、うなずく、メモを取るなどで相手は安心して話を続ける。
さらに相手の話をより発展させるためにボトムアップのアスキングをはさむ。相手がディズニーランドの話をしていたら、さり気なく「誰と?」とささやくように聞くと、その人の人間関係にまで発展する契機を与えたことになる。このとき「誰と行ったの?」とトップダウン的なアスキングをすると話の腰を折るし、話し手に余計な「反省」を強いることになる。要するに話し手に「誰と行ったかどうかが重要なんだな」と思われてしまい、しらけさせるリスクが大きくなる。会話は冷えてくる可能性が高い。
インタビューではない日常会話でもアスキングをボトムアップ的にコントロールする配慮が大人になるとできるようになる。人付き合いや会話の中で自然に出てくる疑問や知りたいことをストレートにたずねるのではなく「聞き方や聞くタイミング」を慎重にコントロールするようになる。このコントロールが不足している人を世間では「失礼なヤツ」と呼ぶ。このようにボトムアップアスキングはリスニング効果を期待して行われる。
マーケティングインタビューは、目的達成のために行われるので、アクティブなアスキングが多用される。これをトップダウンアスキングといい、極端な例として、取調官と容疑者の会話の中に現れる。取調官は容疑者が犯人であるとの強い信念を持って容疑者にトップダウンで質問する。要は「お前がやったんだろ」を裏付けるような回答を期待して質問する。取調官は仮説・信念に基づいて会話の文脈を作ろうとする(トップダウン)ので、その文脈に沿わない容疑者の発言は必ず疑い、聞き返すか、ときには無視する。これに対して容疑者側は取調官のトップダウン文脈をずらしたり、はぐらかした回答を与えて混乱させようとする。この時のアスキングワードは「なぜ?、どうして?、なんで?」と強い表現になる。「どうして、なんで、現場に行った?」と聞かれて、「散歩の途中で…」と答えれば、「違うだろ!盗みにいったんだろ!」と責められる。そうなのである、このときのなぜ?は理由を期待してるのではなく責めているのである。子供に「なぜ?間違えたの」と言うときは、間違えた理由ではなく、間違えたこと自体を責めている場合が多いが、それに近い状況である。
マーケティングは時間制約が強い作業なので、インタビューでリスニングに徹するだけでは目的を達成できない場面が多い。アスキングが必要になるし、トプダウンののアスキングになる。なぜトップダウンになるかというと、生活者(対象者)は「自分が何を信じ、何をしているかについて、十分に説明することができない」という基本認識があるからである。トップダウン的アスキングを対象者にはボトムアップ的に感じられるようにするテクニックがある。例えば、PQの2択で「なぜ、P(Q)を選んだんですか?理由を教えて下さい」とのアスキングはトップダウンであり、対象者を萎縮させるリスクが大きい。
この場合、モデレーターは、「P(Q)を選んだんですね」と相手の目をまっすぐに見て言う。すると対象者は「Pではなかったのかな」と自信がなくなるが、やがては「うーん、確かにPだよ、間違いない」と認知的不協和を解消し、「なぜかというとですね…」と自分の「気づき」を語り始める。
また、Pを選択したとして「Pのいいところ、Qのよくないところは何ですか」というアスキングはボトムアップ的印象だが、対象者の意思決定(Pを選んだ)=文脈を無条件にモデレーターが認めていることを対象者に伝えてしまうのでトップダウンだと言える。
以上から、モデレーションのアスキングで、対象者の発言に「なぜ?どうして?」は禁句とし、「そうなんだ、そうなんですね」の中に「なぜ?」を潜ませるテクニックを磨くのがよい。
2022.5